riquの日記

ベースとカメラとお絵描き、雑多

近状ですよ

およそ2週間弾けておりませんが身体にどのような変化が起きているのか、それでもギターは1本試奏したり実家にある適当なアコギで運指練習は出来る時にやっていますがアコギとなると音的な問題が出るのでやろうにも時間を見ないと駄目なんですね。ミュートしながら右手左手とやればいいじゃないとも思ったんだけど、精神に異常が出た為自問自答を繰り返し二次元に現実逃避をするということを繰り返す日々を送っております。日に日にそれは強まる一方で、まぁ大変なのであります。

6月以来の地元ですが、久しぶりに友人たちと出会うと彼らの近状にも大きな変化があるようで、1人は鬱になり1人は鬱が強まり、もう1人はよりいい加減になり私としても中々こうなんというか。私の周りは皆そういう感じで、やはり似た者同士の集まりになってしまうのかと思うとなんとも言えなくなるのです。



それはそうと時間を見つけては私の数少ない親友と2人でいくつか映画を見たのであります。
今敏監督のパプリカ、東京ゴッドファーザー。そして1967年の日本のいちばん長い日。

日本のいちばん長い日は2015年も見ております。1967年の方と比べると全然違います。こんなにも変わるもんなんですね。1967年はテンポが早く、ポンポンと話が進んでいきますが間の撮り方は2015年よりも良い感じがし、その時代の日本人の気迫というか、鬼気迫るものというか、そういうものをより強く感じることが出来ると思います。畑中少佐の人物像は2015年の方が近いそうです。確かに2015年の方が物静かで冷静な方という感じがしますが、1967年版に登場する畑中少佐はとても激しく、2015年版とはまた違う狂気を感じることが出来ると思います。しかし狂気という表現もどうなのだろうか、うぅむ。

それと大きな違いの1つですが、1967年版には東條英機が出てきません。時代背景もあるのでしょう、まぁとにかく出てきません。昭和天皇もポンポンと出てきたりはしません。2015年版とは違いポンポンと顔が写ったりはしません。

ここで言うのもあれですが東條英機についてはこの映画だけでは知ることは出来ないので興味があれば調べ、様々な角度から色んな意見を見て聞いて、そこから自分の考えを持つのが良いのかもしれません。私自身からは何も言うことはありません。お外でこういう事を話すのは、やめようね!


まぁどちらも楽しいです。賛否両論はあるとは思いますが、私個人的にはどちらかが優れているだとかどちらかが駄作であるとかは感じたりするということは全くありません。それぞれに良さがあります。2015年版の方が個人的にはスッと見れて好きかも。上映時間は1967年版は157分、2015年版は136分です。何故かWikipediaに2015年版の上映時間がないんですよね。



そしてパプリカと東京ゴッドファーザーズ
パプリカはまぁ〜〜理解出来ない。何度見てもこればかりは何がどうなっているのか分からないんじゃないだろうか。見てて本当に楽しいけどアニメーターを殺す場面が多く見えるこの映画は見ていてウワーッて叫びそうになっちゃう。よく描いたなぁ...もう気が狂う。夢と現実の境目がとても曖昧な感じで、場面の切り替わりが激しかったような気がするけど見ていて全然飽きないし、むしろワクワクする。引き込まれるそんな映画。

東京ゴッドファーザーズについては実写でも全然いけると思いますけど、アニメならではの、アニメでしか出来ない表現だなぁと見ていて思いました。空気感というかなんというか、あの独特な感じは恐らくアニメでしか作れないと思います。何かしらが発達してもこればかりはねぇ。

東京の公園でホームレス生活を送っている3人が、クリスマスの日にゴミ捨て場にプレゼントを探しに行くと赤ちゃんを拾う。赤ちゃんに清子と名付け自分で育てると言う1人を説得し、3人はもう1人の提案で清子の実の親探しに出かけるが、行く先々で様々な騒動(奇跡)が起きるという話。この3人が自称元競輪選手(本当は自転車屋の親父)、元ドラァグクイーン、そして家出少女という随分個性的な面々でありますが、本当に良いキャラしてるんですよ彼ら。これも見ていて引き込まれる映画ですし、1時間半くらいですのでパッと見れると思いますよ。

これらの映画どちらも考えさせられることが多く、とくに東京ゴッドファーザーズはね...。


今敏監督の作品はもう見れないんですよね...悲しい。





そんな感じ。
今敏監督の映画はもう何回か見たいかなーって。



じゃあ今日はこんな感じで、生存報告でした。また今度!